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乃木坂46のドキュメンタリーが描く「アイドルであること」の意味 AKB48版との比較を通して読み解く

2015/07/13 に公開

 「アイドルのドキュメンタリー」は、過酷さや苦悩を映し出す。今日、そんなイメージが強調されがちなのは、いうまでもなくAKB48のドキュメンタリー映画群の影響によるところが大きい。高橋栄樹監督による一連の作品は、AKB48が抱える過剰な負荷や不条理に肉薄したことでファンの外にまで届く話題性を獲得し、さまざまに議論の種にもなってきた。

 けれども、実のところAKB48が提供するドキュメンタリー映画が、はじめからそのようなルックを持っていたわけではない。高橋栄樹体制になる以前、2011年1月公開のAKB48ドキュメンタリー映画第1作『DOCUMENTARY of AKB48 to be continued 10年後、少女たちは今の自分に何を思うのだろう?』(監督:寒竹ゆり)についていえば、AKB48の「過酷」イメージをさほど担うものではなかった。

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